恋するオフィスの禁止事項 〜エピソード・ゼロ〜
決めかねていたことの結論が出て、俺は胸のつかえがとれたようにスッキリした。
「・・・あれ、」
ふと水野のデスクを見ると、さっき俺が渡した資料のリストが置きっぱなしになっていた。
これがないと何を持ってきたらいいのか分からないはずだ。
おかしいな、水野が書庫に行ってからけっこう時間が経ってる。そろそろリストがないことに気づいて戻ってきているはずなのに、何してるんだ?
「・・・まったく本当にウッカリだな水野は」
俺は仕方なく、リストを持って書庫へと様子を見に行くことにした。
普段は誰もいないはずの書庫のフロアに着くと、人の気配がした。
一人じゃない、数人だ。
少し忍び足で書庫に近づいていくと、扉が開いたまま、そこから蛍光灯の光が漏れている。
「本当に、違います」
(?)
今の、水野の声だ。
困ってるような、それに少し怒っているような。
扉の隙間から、様子をうかがった。
数人の女性社員に、水野が書庫の奥に詰め寄られている。
女性社員はたしかコスメの奴ら、前も水野に突っかかってた三人だ。
「嘘でしょ。アンタの態度見てれば分かるんだから。あのね、桐谷さんは優しいから仕方なく相手してるだけよ?」
「先輩先輩ってただの後輩のフリしてれば桐谷さんの気を引けるって思ってるのよね?」
「真面目に仕事に専念したら?桐谷さんともう少し距離をとりなさいよ」
(・・・そういうことか)
俺の目の届かないところで、本当はいつも水野はこんな風に責められていたんだろうか。
うつ向いて震えている水野の姿に、俺は責めている奴らに対する怒りが収まらなかった。
水野は真面目に仕事をしてる。
俺にそういう態度をとったことだって一度もない。
色恋沙汰ばっかりで真面目にやってないのはお前らだろうが。水野がこういうとき言い返せないからって、寄ってたかってイビりやがって。