恋するオフィスの禁止事項 〜エピソード・ゼロ〜



我慢ならない。
今度こそガツンと言ってやる。


そう思って踏み込もうとしたとき、水野の声がポツリと聴こえてきた。


「・・・桐谷先輩は、そんな人じゃありません・・・」


(───水野?)


弱々しくて消えてしまいそうな声だった。

俺は思わず、踏み込もうとした脚を戻していた。


「なに?今なんか言った?」

「はい。『桐谷先輩はそんな人じゃありません』って言ったんです」


今度はしっかりと言い返していた。

何だ・・・?水野のこんな声は、初めて聞いた。
いつだって謙虚で、敵意のある言い方なんて絶対にしない奴だったのに、今の声はそうじゃない。

敵意むき出しの、歯向かう気満々の声。


「なに!?生意気なんだけど!だいたいウチらは桐谷さんのことは何も言ってないじゃん!アンタのダメ出しをしてんの!」

「・・・桐谷先輩は、すごく仕事ができて、優しくて、私の尊敬する先輩です。いつだって前を向いて、自分の理想に真っ直ぐ進んでいく、そんな先輩なんです」

「そんなの知ってるわよ!!貴方がそれを邪魔してるの!分かってるの!?」

「もし私が先輩の気を引きたいだけの後輩だとしたら、先輩は私にあんなにたくさんのことを教えてはくれないと思います。桐谷さんは、先輩たちの思うようなどんな人にでも平等に優しい人じゃないです。頑張れば頑張るほど認めてくれる。分かってもらえる。こんなに素敵な上司に巡り会えたのは初めてです。先輩に気にかけてもらえることを、本当に嬉しいって思ってます」


(・・・・っ、水野・・)


「でも、私がこんなことを言われているなんて、桐谷先輩は嬉しくないと思います。先輩の優しさは全部、私が前を向いて頑張れるために注いでくれているんです。それをこんな形で遮られたら、先輩がしてくれていることが無駄になってしまいます。・・・私は他の誰に言われても、先輩と距離を取ったり、先輩の優しさを突き返すことは、絶対にしませんから!先輩がただ優しいから仕方なく私に応えてくれているなんて思うのは、先輩に対して失礼だと思います!」



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