恋するオフィスの禁止事項 〜エピソード・ゼロ〜
水野旭が商品開発部にやって来る。
俺は二年ほど前に彼女に出会っていて、すぐにあのときのことを思い出した。いや、思い出したという表現は正しくないかもしれない。俺はあのときのことを忘れられずにいたのだ。
商品開発、営業、無数にある仕事の中で、会社の根本は売り場である店舗だ。俺自身も2年の店舗勤務の経験があるが、それは接客業の全ての柱だった。正直、その経験をすっかり忘れて本部の椅子に座っている人間を毛嫌いしている。
しかし店舗勤務の人間にも、その自覚はない。
会社の顔を背負っている自覚がなく、自分たちの仕事がどれだけ重要なものであるか理解していない。
だから水野旭という社員は新鮮だった。
売り場を良くしたい、そんな前向きな気持ちでキャンペーンに取り組む彼女を見て、目が離せなかったのを今でも覚えている。
もちろん、そこには特別な意味はない。
彼女が本部に引き抜かれるのは必然だ。実力があるのだから。でも本部に来て必ずしも彼女の良さが活かされるとは限らない。部門の雰囲気や直属の上司がどんな人かによって簡単に左右されてしまう。
(俺だったら・・・)
俺が彼女の教育係だったなら、きっとうまくやれるのに。
「・・・あの、唐沢本部長。折り入って相談があるんですが・・・────」