恋するオフィスの禁止事項 〜エピソード・ゼロ〜
それから2週間が経ち、一応今日が水野旭の赴任の日だと知らされていた。
赴任者はまずは早朝に各部でまとまって応接室で説明を受け、始業の時間が来ると部門ごとの営業室で正式に紹介され、初日は教育係がざっくりとした案内や説明のみをすることとなる。
直近の俺の役目は、部の応接室で説明を受けた水野旭を課長とともに生活雑貨部門の応接室に連れてきて、そこで一言挨拶をすることだった。
もうすぐ始業の15分前。
部の説明会から解放される頃だ。
俺は課長とともに、部門の入り口にスタンバイしていた。
すでに社員は出揃っていて、始業前といえどほぼほぼ仕事を始めている状態。デスクの掃除をしている人や新聞を読んでいる人なんかもいる。
彼女が来たら、まだこの社員たちとは顔を合わせることなく応接室へと連れて行かなければならない。
俺は柄にもなくドキドキしていた。
彼女はあの日に出会ったままの彼女でいるだろうか。まさか向こうがあの1日だけのことで俺を覚えているとは思わないけれど。
「桐谷君。水野さん、良い子だといいわね」
課長がそう言った。
そういえば俺は彼女の仕事ぶりには感銘を受けたが、それがはたして「良い子」なのかどうかは分からなかった。そもそも会社における良い子とは何なのかよく分からない。
従順に上司の言うことをよく聞く子か、自分の自己主張をする骨のある子か。
仕事ぶりはああでも直属の上司に対してはすごく生意気だということだってあり得る。俺なんかは年が近いから喧嘩腰で噛みついてくるかもしれない。