甘えたで、不器用でも
「なぁ?」
「……」
「おい」
「……」
「なに拗ねてんの?」
無視。私に向けられる言葉を全力でシカトした。言葉のキャッチボールは大切だ。小学生のときにそんなことを教わったような気もするが、いまはそんな教えはどうだっていいほどに目の前の男、もとい彼氏に腹が立っている。
ベッドの上に座り本のページをめくった。この本がどんな内容かは全く分からない。理由は簡単。読んでいるふりだからである。
本を読んでいるふりというなんとも間抜けなこの状況で私は彼に喧嘩を売っている。
向かいのラグマットの上であぐらをかき、ローテーブルに肘を付いて腕で顎を支えている彼。
「なぁ」を連呼する彼の視線が突き刺さる。けれどその表情は綺麗な顔を至極面倒くさそうに歪ませて、不機嫌なことこの上ない。
面倒くさそうにするならば帰ればいいのに。なんて心の中でそんな可愛くない悪態をついてみるが音にはしない。
だっていまの私は彼と口をきかないと固く心を決めたのだから。
はぁ、と小さくため息が聞こえた。このままでは拉致があかないと思ったのだろう。
立ち上がった彼はそのままなにも言わずに玄関の方へ姿を消していく。
もう、知らないし。早く帰ってしまえばいいんだ。そんな可愛くないことを思って、ぎゅっと手元の本を握りしめた。