甘えたで、不器用でも
「バレンタインのお返しは3倍ですよ」
「……え?」
「そう思ってる女子って結構多いです」
目の前でショーケースに入った有名洋菓子店のマカロンをじっと見つめる彼にぼそりと言葉を零せば、青ざめた色の顔を引攣らせる。
モテる男は大変だな。と先月のバレンタインを思い出し、会社の女の子達からたくさんのチョコを受け取っていた1つ年上のモテ男を横目で見た。
お返しを用意していないから買い出しに付き合ってほしいと半ば強引に連れて来られた洋菓子店。ちなみに私はこの人にチョコレートをあげてなどいない。なのに暇そうだというなんとも理不尽な理由でいまここにいる。
上司とは厄介なものだ。
今日は早く帰りたかったというのにあんまりだ。という気持ちを込めて少々意地悪を言えばどうやら本気で受け取られてしまったらしい。
「あ、すみません、3倍は冗談です」
「ねぇ、本当にそういうのやめて」
「すみません、ちょっとした出来心で」
「俺が無理やり連れてきたから機嫌悪いんだろ」
あ、ばれてる。内心そう思った。どうやら顔に出てしまっていたらしく「図星か」と冷めた声音に攻撃される。もうなにも言い返せない。
けれど、わかっているならば連れて来なければいいのにと悪態をついてみる。もちろん彼には聞こえないように心の中で。