甘えたで、不器用でも



私の開けた自動ドアの音に反応して、視線がこちらに向く。


するりと向けられた彼の視線に少し戸惑った。会社だからだろうか。いつにも増してかっこよく見えてしまうのは。


ビシッと決めたネイビーのスーツ姿。朝見送るときも、帰りに出迎えるときも見ているその姿がこの場所で見るとまるで別人のように見える。



「待ちくたびれたよ」

「これでも、雨の中全力で来ました」



私が言えば彼はくすくすと笑いながら読んでいた本を鞄の中にしまう。


じっとり、纏わり付くような湿気が気持ち悪い。湿気で髪の毛も、うねうねになっている。でも冷房の効く室内で優雅に本を読んでいた彼はなんとも清々しい表情。



「じゃ、帰るか」



すっと、立ち上がり受付にいた女性に頭を下げると私の方へ向かってくる。


と、「あ」と、何かを思い出したみたいにその場で足を止めた。そして先ほど本をしまった鞄を再度開けて何かを探している様子。



「ごめん、明日の会議で使う資料デスクに忘れてきた」

「じゃ、私ここで待ってるから取ってきていいよ」



じっと私を見たまま動かない彼は「は?」みたいな顔を私に向けてくる。全く意味が分からない。


いやいや、忘れたなら取りに行くでしょ普通。私なにか変なこと言いましたか?



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