甘えたで、不器用でも
「今日で終わりに、しよう」
「なんで?」
ぽつりと溢した私の言葉に、意味が分からないと言いたげな瞳を向けてくる彼。どうしてあなたが「なんで?」とか言うかな。
オシャレなバーのカウンターに座り、彼おすすめの赤色のカクテルが入ったグラスを口へと運んだ。
ごくりとひとくち飲み込む。グラスをテーブルへと戻し、ちらりと横目で彼を見れば悲しげな瞳に捕まった。
隣に座る彼が「ねえ、なんで」とあまりにしつこく詰め寄るものだから壁側に座る私の体はぴたりと壁にくっつき彼と壁に挟まれる。
その空間があまりにも狭くて、逃れようと目の前に迫った胸を力強く押してみるけれど、びくりともしない。
男ってこういうとき狡いな、本当に。いつだって力で敵わない女はされるがまま従うばかりで。
閉鎖的なこの空間が息苦しい。ふわりと香るムスクの香りも、なんでと問う少し低めの甘い声音も、私を呼吸困難に至らせるには十分で。
きっと彼が私を殺すことは容易なことなんだろうと、ぼんやり思った。
「近いです」
「いや、これでも遠いくらい」
「な、なに、言ってるんですか」
薄暗いこの空間でさえもこの距離に居れば分かる。目の前に広がる彼の少し彫りの深い顔。そうやって、無駄にイケメンを強調しないでほしい。