甘えたで、不器用でも
ちらりと隣に視線を向ければ、彼はさらり、さらりと迷うことなく文字を綴っている。なんて書いているのか怖くてパッと自分の手元に視線を戻した。
たかが、短冊ごときに馬鹿みたい。
「バーテンさんこれ、書けたのでよろしくお願いします」
「はい、お預かりさせていただきます」
書き終えた短冊をバーテンダーに渡し、スラックスのポケットからスマホを取り出すと真剣な表情をする彼。
「ごめん、ちょっと電話してくる」
「……うん」
席を立ち入り口へ消えていくスーツに包まれた背中を見送った。
きっと奥さんだな。「はぁ」とため息を漏らし、そりゃ奥さんが大事なのは当たり前なことで、邪魔者は私で。
寂しいなんて思っちゃいけない。
目の前の短冊の上にペンを置く。白紙のままの短冊はまるで私の心の中を写しているみたい。
「なにも書かれないのですか?」
「あ、すみません。せっかく用意してくださったのに」
「いいえ。でもせっかくなのでなにか書いてみてはいかがでしょうか」
席にひとり残された私に、バーテンダーは気を使ってくれているのか柔らかい笑顔で話かけてくる。
綺麗に指を揃えて「どうぞ」と私の前に置かれた赤色の短冊を指した。
たしかにたかが短冊だ。七夕だからといって本当に願いが叶うわけではないのだ。