甘えたで、不器用でも
バスに乗り、電車を乗り継いで彼の家の最寄り駅で降りる。何度も通った家までの道が今日はびっくりするくらい遠く感じて。まるで私ひとりスローモーションの世界にいるみたいにゆっくりで。
焦る気持ちが、早く、早くと私の足を急かした。
ようやく着いたマンションの前。急いでエレベーターで上がり330号室のプレートの貼られた扉の前で足を止める。
深呼吸をし、焦る気持ちを落ち着かせてインターフォンを押した。
お願いだから無事でいて。
《ピンポーン》と1回鳴ったインターフォン。彼の応答はなく私は再度ボタンに手を伸ばす。
と、押す寸前でガチャリと鍵の開閉音がした。
開いた扉の向こうには上下黒のスエットに身を包んだ彼の姿。
「ねぇ、大丈夫!?私、心配で、心配で駅から走ってきて」
「え……」
けれど、私の焦った声音とはまるで違う彼の反応に一瞬時が止まる。あれ、急いで駆けつけたというのにまるでいつもと変わらない彼の姿。
熱で寝込んでいるのでは?なにか大変なことに巻き込まれているのでは?と私の考えていた最悪のシナリオを再度思い返す。