月と握手を
「……ねぇ。一人で盛り上がってるところ悪いんだけど、あんた何しに来たの? 突然やってきて話しかけられても、全然訳が分からないんだけど」



 瞬間、水を打ったような静けさが訪れる。やってしまった、と思っても、もう遅い。一度口から飛び出した言葉は、なかったことになどできないのだ。

 いつもの癖で、冷たい言葉を浴びせてしまった。後悔は先に立たないし、覆水も盆に返らない。初対面の人にもこんな口を利くようになるなんて、私はいよいよダメかもしれない。前はもっと、優しさとか思いやりを持ち合わせていたはずなのに。ここに収容されてから、そんな感情とはおさらばしてしまったんだろうか。



「へぇー、そういう言い方するんだ。友達を失くすのが得意っていうのは、あながち間違いじゃないのかな」



 皮肉るように言った女の言葉が、胸を貫く。傷口を深くえぐるようだ。脳内の自分は、こらえきれずにもがいている。どうして知っているんだろう。この女は、一体。



「……あんた、何者?」



 待ってましたと言わんばかりに、綺麗に笑う女。真夜中の病院と得体の知れない美女の組み合わせには一種の恐怖を感じる人もいるだろうけど、この時は、不思議とそんな気はしなかった。月のない夜、自らが月であるかのような淡い輝きを放っているこの女は、ただただ美しかった。
< 3 / 25 >

この作品をシェア

pagetop