月と握手を
 高校に入るとますます才能を開花させ、コンクールでは何度も優勝した。あの美鈴秀が見初めた少女として、美術雑誌のインタビューを受けたこともある。美鈴先生は私の憧れだった。彼が私を推してくれている。そんな自分が誇らしかったし、きっと自惚れていた。だから、バチが当たったんだ。憧れは、私の日常から、忽然と姿を消してしまった。



「……柘季ちゃん。美鈴先生に追悼の絵を描いて差し上げたら?」

「そうだな。美鈴先生には、随分お世話になったじゃないか。きっと喜ぶだろう」



 両親は、私を励まそうと思ったんだろう。自分ももちろんそのつもりだったから、先生への思いを胸に、キャンバスと向かい合った。

 ――描けなかった。色なんて、欠片も浮かんでこなかった。それでもマスコミに描けって言われたから、この真っ白なキャンバスが私の気持ちだって言い張った。タイトルを付けるなら、『無』とか『虚空』がぴったりだろう、と。



「……柘季ちゃん、美鈴さんが亡くなって以来、筆を握ってないんだよね。昔は一日たりとも欠かさずキャンバスに向かってたみたいなのに」



 悲しげな声が降る。ハルの表情は、簡単に想像できた。



「……だって、何もイメージできないんだもん。それで何を描けっていうの? どうしてもって言うなら、私にはキャンバスを黒く塗り潰すことしかできない。白い世界を真っ黒にすることしか、思いつかない」



 見つめる先には、尊敬する人を失ったショックで入院してしまった私を不安げに窺うハルがいる。どうしてこんなに悲しそうな顔をするんだろう。自分がここへ来た目的も、まだ教えてくれていないのに。それを尋ねたら、鮮魚の競りのようにぽんぽん発言していたハルが、突然勢いを失くしてしまった。「あ~」とか「う~」を繰り返して、何とか間を持たせようとしている。聞いちゃいけなかったのかな。私が黙っていると、彼女も次第に沈黙していく。
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