誓いのキスを何度でも
そんな風に過ごした翌年、桜庭のアメリカ行きが突然決まった。

付き合って半年過ぎたところだった。

桜庭の親に私達の事がバレたからだ

私はなんの取り柄もない、1年目のナースで、桜庭は将来を約束されたエリートだ。

考えなくても相応しい相手とは言えない。

まあ、桜庭が真剣に付き合っている。と言ったのも気に入らなかったのだろう。

遊びならまだしも。

28歳の桜庭は外科医として一人前とはとても言えず、父親である院長の言いつけには逆らえなかった。もちろん、桜花グループのトップに立つ者として経験を積まなければならないのは分かりきったことだった。

留学する前の最後の夜。
桜庭は私を何度も抱いて、愛してると囁いた。
必ず、迎えに来ると約束したけれど、
その約束はいつになるのかもわからないあやふやな頼りないものだった。

桜庭がアメリカに発つと
当然のように桜庭の両親から身を引くよう、私の説得が始まった。
私を否定する容赦ない言葉や、
似つかわしくないという現実は私の心を苦しめ、私より格段釣り合う見合い相手と結婚させると宣言された。

そして、その後直ぐに私は桜庭の子どもを妊娠している事に気づき、
このまま、ここに居たのでは、子どもを産む事は許されないという事実が私の中で理解出来た。

私は桜庭との人生を諦め、子どもをひとりで育てると決めた。

桜庭の両親には幼なじみと結婚すると話し、直ぐに退職させてもらう事にした。

実際は、実家を頼ってお腹の子どもの父親の事を隠して誠太郎を産む事になるのだが…
妊娠を知らない桜庭の両親は喜んで退職の手続きを進め、お腹が目立たないうちに退職する事ができた。

ただ、お腹の子どもの健康のため、レントゲンを使う検査の介助に付かないようにする必要があったので、ミヤコ先輩にだけは幼なじみの子どもを妊娠していると話し、短い間の勤務を安全に続ける事が出来た。

ミヤコさんは誰にも妊娠については口外しないで欲しいと必死にお願いすると、訳ありと思ってくれたようで、誰にも気づかれずに退職する日を迎える事ができた。
本当に感謝しても、したりないほどだ。


もし、この時、私の妊娠がわかったなら、桜庭の両親に中絶を迫られたのかもしれないと思うと、誰にも知られず、本当に良かったと胸を撫で下ろしている。

寿退社という噂がいつのまにか広がり、
おめでとう。と祝福され、
桜庭と別れた事を祝福されたように悲しくなり、
苦しくてカラオケボックスで何度も泣いた。


今となっては懐かしい。
私の恋の思い出だ。


今の私には誠太郎がいる。

それだけでもう、望む事はない。


桜庭には幸せになってもらいたいと

心から思えるようになった。




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