幾千夜、花が散るとも
「・・・そうやって俺を弟扱いして、犬みたいに思ってんのは可南だろ」

 目も見ず呟くように言われた言葉に。あたしは息が止まったかと思うぐらいの深さで心臓を抉られた。

 そんなコトない。頭が冷静に否定してる。でもココロの奥底はグシャリとひしゃげてた。だって。可愛い弟だって思ってないとあたしは。あたしを欲しがる一也を拒めなくなる。千也にしかあげられないものを、一也にも許しちゃいそうになる。それだけはしないって千也と固く約束した。だから。

「俺がいつまでも大人しく我慢してると思うなって、千也に言っときなよ」

 ひどく冷めた声。手首を掴んでた指から力が抜けると、寝返りを打って一也はあたしに背中を向けた。

「・・・戻ってくるから」

 小さく声を掛けたけど応(いら)えは無かった。



 フリースのパーカーを羽織り下に降りてく。奥から水の弾ける音が響いて、千也はシャワーの最中だった。台所は真っ暗で温風ヒーターも点けてない。お風呂場だけがぼんやり明るくて。こんなに冷えてたら湯冷めして風邪引くよ。電気を点けて、ヒーターもスイッチを入れる。

 壁時計を見ると3時18分。ホストの時よりはマシだけど、夜の仕事がすっかり定着してるなぁ。でもサラリーマンとか千也には向いてなさそうだし。何となく溜め息。無理してるんじゃなきゃ別にいいんだけどね。千也はそういうの絶対いわないから・・・。

「・・・カナ?」

 イスに座ってぼーっとヒーターの温風に当たってたら、千也のちょっと驚いたような声が降った。首を後ろに反らして振り返ると、覆いかぶさるようにキスが落ちる。

「ただいま」

「・・・お帰り」

 半袖Tシャツにスエットって恰好の千也は、髪なんかまだ半乾きで。ちゃんと乾かさないから寝グセひどいんだって、あんだけ言ってるのに。

「どうした? オレが起こした?」

 冷蔵庫から出したミネラルウォーターのペットボトルをテーブルに置き、あたしの隣りに千也も腰掛ける。

「違うよ、なんか目醒めちゃって。そしたら千也が帰ってるぽかったから」

「そっか。映画観てきた?、面白いのやってた?」

「まあまあのヤツ観た。・・・お腹空いてる?、軽そうなお惣菜買ってあるけど」

「んー、いーや朝飯で」

 やんわり笑う千也の顔見てるとほっとする、すごく。なんかぜんぶ熔かされてく気になる。一也に抉られた心臓の穴が少しだけ、塞がれた気になる。

「なに? そんなにオレに見惚れて」

「・・・イイ男だなと思って」

「カナの男なんだから当然だよ」

 クスリと笑んだ顔が近づいてあたしの唇を優しく啄む。それに応えて舌を差し出すと、それも食まれた。頭の後ろを抑え込まれて遠慮なしに貪られるキス。・・・これ好き。一緒じゃなかった時間を埋めるみたいに、あたしと千也はしばらく離れなかった。 
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