幾千夜、花が散るとも
 そのあとは朦朧として、記憶が飛んでる。今までだって容赦ないって思ってたのに。どこに隠してたの、こんなの。

 息も絶え絶えに休むヒマもくれない。頭の芯がジンジンして痺れて蕩けて。腰から下がベツモノみたいに。声なんかとっくに枯れて、掠れた悲鳴を上げ続けるだけで。

「・・・カナ、ちゃんとオレを見て」

 もうダメって懇願するたびに否応なしに命令される。

「やめない。・・・もっと欲しいって言えるだろ?」

 哀願も冷たく突き放されて。
 
 千也って“オトコ”が、あたしの頭の天辺から爪先までを支配し尽くして。何度も壊れそうに溺れさせられて。

 ・・・・・・沈められた。





 それでも死にそうに重たい躰をどうにか引き摺り、終電でウチに帰る。一也は寝てるのか部屋から顔も出さなかった。そのまま千也のベッドで泥のように眠って。夢も見ずに朝に目覚めて、何とはなしにお腹に手をやる。
 
 もしも生まれてきたら。あたしと千也と一也でめいっぱい愛して幸せにするよ。男の子なら名前は十也(とおや)って決まってるんだから。女の子だったら、そうだなぁどうしようかなぁ・・・?
 
 自分で自分が微笑ましくて。今までで一番満ち足りてた朝だった。信じて疑わなかった、ささやかな未来を。怖さなんてこれっぽちも無く、千也の寝顔がひたすらに愛おしいだけだった。




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