幾千夜、花が散るとも
 ジャグジーも付いてる窓際のバスタブは大人3人が余裕だった。
 ガラス越しの景色を愉しむんだとばかり思ってたら開閉も出来て、星空を眺めながらの露天気分も味わえてる。
 
「可南、肩冷やすと風邪引くよ」

 森の夜気が入り込んで来るからお湯から出てると肌寒い。あたしを背中から抱き込んだ一也に、噴射されて泡立つお湯の中に連れ戻される。

「オレはちょうど良いなぁ」

 千也は長湯が苦手なんじゃなくて熱いのがダメなんだ。なるほど。

「でもカナはちゃんと浸かっときな? お腹の子に障ったら大変だろ」

 にこりと笑って世間話でもしてるみたいに。聞き逃しそうになるぐらい、あんまり普通に千也が云ったから。一也への反応が一瞬遅れた。ハッとなって背中の一也を振り仰ぐ。

「・・・・・・子供?」

 眉を顰め、険しい眼差しで真っ直ぐに千也を睨みすえてる一也。さっきまでの和やかな空気が一変したことに、あたしは動揺して頭の中が白くなる。
 
「い、ちや・・・っ、ちが、待っ・・・」

 なんでこんなタイミングで?! 千也を振り返ろうとしたあたしを、一也はぎゅっと抱き込んで腕の中に閉じ込めた。身動きが取れないで顔も十分に上げられないまま、話を聴いてもらおうと必死に訴えかける。 

「一也、聴いて。まだ分かんないの。そうなるかも知れないけど、ちゃんと話すつもりだったから・・・っ」

「俺は千也に訊いてる」

 冷たい声が頭の上で響いた。

「・・・オレはカナとの子供が欲しいから。それだけだよ」

 千也の落ち着いた声。どっちの表情も見えてなくて、気配でしか探れない。どうしよう。気ばかりが焦ってた。一也とのバランスは不安定なのに。もし赦してくれないで、三人がバラバラになったりしたら。ヤだ、絶対そんなのイヤだ!

「一也っ」

「可南は黙ってて」

 低く撥ねつけられ。たじろいで竦ませた躰を、一也はただ抑え込んで離さない。

「・・・で、何? だから俺に可南を諦めさせるつもり?」

「違う」

「何が?」

 詰問するような口調で一也は千也を責める。

「今だって可南を板挟みにして苦しませてる奴が。・・・偉そうに言うなよ」

 息を呑んだ。一也があたし達をそんな風に思ってたなんて。

 心臓を抉ってのめり込んでた鉛弾が。じきに背中を突き破りそうだ。絶望に似た衝撃にあたしは打ちのめされた。

 違う。千也じゃない、あたしなんだよ。欲しがったのは全部あたし。千也も一也も、三人でいることも、子供だって。

 千也はあたしの願いばっかり叶えようとして、自分のコトなんか一つも叶えてない。あたしが自分のワガママの間に、千也を板挟みにしてきたの。だからお願い、千也をそんな風に思わないでよ。

「一也・・・おねがい、聴いて・・・?」

 胸元に顔を埋めながら小さく声を震わせた。けど一也はにべもない。 

「・・・今は聞きたくない」

「一也」

 背中でした千也の声。

「・・・オレはね。カナを傷付けて泣かせるのだけは、しないって決めてる」 

 静かなのに、気配だけが貫く矢のように鋭かった。
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