幾千夜、花が散るとも
 10月も半ばとは言えまだまだ気温が高い日もあり、やっと秋の入り口に辿り着いたかなって頃のこと。

 いつもみたいに一也が仕事に出かけた後に起きてきた千也が、バターロールを頬張ってから思い出したみたいにニッコリ笑って言う。

「カナ、オレにして欲しいことない?」

「? もう、いっぱいしてもらってるよ?」

 向かいで小首を傾げて見せるあたし。検診に連れてってもらうのだって、家事だって買い物だって千也におんぶに抱っこ生活なのに。

「そろそろ休みが終わりそうだからさ。今のうちにカナのお願い、ぜんぶ聴いとこうって思って」

「そーなの? もう終わっちゃうんだお休み」

「・・・うん、あともうちょっとかナ」

「そっかぁ・・・。でも仕事だもんね、しょうがないよね」

「ゴメンネ」

 淡く微笑む千也にあたしは首を横に振った。

「ううん、あたしこそゴメンね。せっかくの長い休みだったのに、ずっとあたしに付き合わせて。千也、自分の好きなコト全然してないでしょ。あたしは大丈夫だから残りは自由に使ってよ?」

「オレは好きなコトしかしてないよ? 可愛いカナと新婚生活、これ以上楽しいコトなんてナイでしょ」

 今度はクスリと。
 
「千也はあたしを甘やかしすぎ」

「奥さんは黙って甘やかされてなさい」

 あたしを黙らせる魔法の言葉。奥さん。最強の呪文です。
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