幾千夜、花が散るとも
 その夜は千也がいつ帰ったのか気付かずに、自分の部屋で朝までぐっすりだった。10時近くになって起きてきた千也の朝ご飯に、ココアで付き合いながら一也の話を聴かせる。

「でね来月いっぱいで今の会社辞めるんだけど有休あるから、11月に入ったら新しいとこに行くみたい」

「一也は昔から行動力あるからねぇ・・・オレも頑張らないと」

 マグカップのコーヒーに口を付け千也が笑う。

「千也は十分頑張ってるってば。高校出てからずっと働きっぱなしだし、もっと休んだってバチは当たらないと思うケドなぁ」

「んーでも、この2カ月でもオレは満足してるよ? あんまりナマケ癖がついちゃうとカナから離れらんなくなっちゃうから」 

 クスクスと。
 それでもいーのに。ココロの本音。

「今日って検診だっけ?」

「うん。11時半の予約」

「じゃあ・・・サクラ珈琲のパンケーキ食べて帰ろっか?」

「あそこのリコッタチーズのパンケーキ、美味しいよねぇっ!」




 そんなコトではしゃいで。検診の結果も問題なしで。サクラ珈琲でふわトロのパンケーキを二人で美味しいって言いながら食べて。スーパーに寄って買い物して。

 家に着いて庭先に停めたミラージュの中で、千也はあたしに柔らかなキスを落とした。

『ごめんカナ。仕事入っちゃった』

 寂しそうに笑うから、大丈夫だよって、あたしからもキスした。

『行ってらっしゃい』
 

 笑って見送って。
 それが最後だった。


 夜になっても朝になっても。また次の夜になっても千也は戻らなかった。スマホの電源も落ちてた。何がなんだか全然わからなかった。

 何もかも残したまま。・・・・・・千也だけが消えていなくなってた。





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