幾千夜、花が散るとも
『警察が動くのは死体が出た時だけだ。なら千也はどこかで生きてる』

 一也はそう云った。

 警察にとっては失踪なんて日常茶飯事で。単なる書類上の“受付け”仕事。何の権力も持たないでどうする事も出来ない、あたし達の絶望なんか理解しない。無駄な期待は棄てた。

 生きてるのかどうかとか、いなくなった理由とかを、あたしは無意識に遠くに置き去りにしてる。今ここにいない現実は受け止めてても、その先を考えるのが怖い、考えたくない。・・・本能的に避けてる。

 ただいまカナ。何でもない顔で笑ってひょっこり戻って来そうで。

 何もかも実感がない。
 心臓が動いてるから生きてる。
 夜が来るから眠りに落ちて。
 朝が来るから目が醒める。
 この子の為に食べて。
 重たい躰を引き摺るように持ち上げる。
 リフレイン。

 時間の感覚すら虚ろで。今日が何日で何曜日なのか・・・覚束ない。


 ひとつ掬われたのは一也の転職のタイミングだった。新しい会社は在宅勤務も可能だったお陰で、一也は週に1回2回の出社以外あたしを独りにしない。部屋でパソコンに向かってない合間に、病院の付き添いも買い物も家事も。・・・千也がしてくれてた事を今度は一也が。
 
 一也の時間はあたしの為に消費されて。あたしの時間は・・・ただ流れてく。一ヵ月が過ぎ、11月が終わろうとしても。


 千也は帰らなかった。





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