幾千夜、花が散るとも
 『セルドォル』はネットで検索して簡単に見つけることが出来た。隣の市をまたいだ西側に位置する市にちゃんと実在した、個人の小物雑貨店だった。

 ダイニングテーブルでタブレットを開き地図アプリで画像を見る限り、欧風のメルヘンチックな外観で怪しげな感じでもない。可愛らしいホームページは定期的にきちんと更新されてるし、大手の通販サイトにも出店してる。紹介されてる商品を閲覧してもごく普通のお店だ。家から車で30分ぐらいだねって一也が言った。

「・・・可南の気持ちも分かるけど行くのは明日にしよう? この店は逃げたりしないよ」

 逸る気持ちをどうにか飲み込んであたしも頷いた。せっかく用意したクリスマスを台無しにしたくはない。安心させるように一也は横に座るあたしの髪を撫でて付け足す。

「わざわざクリスマスに送って来たぐらいだから、千也に何かあったとかそういうんじゃない筈だろ。変に不安がると十也も心配する」

「・・・まだ男の子って決まってないってば」

「そう?」

 あたしがぎこちなく笑い返したのを、一也は顔を寄せてキスを落とした。

 最近こういうふとした仕草が千也に似てるって思っちゃうのは。無意識に面影を追ってるせいかも知れない。・・・少し胸がきゅっとした。 



 ほぼほぼ一也がメインで料理を作り、あたしはカナッペ作るのを手伝ったり。焼き上がったチキンやチーズフォンデュの鍋を並べ、いつもの夕飯とは彩りが違う食卓。テーブルクロスまで代えて新鮮に映る。

 少しはしゃぎ気味に前の会社のみなみ先輩と上司の話をしたり、一也の会社の話を訊きたがったり。普段は仕事の話を全然しない一也も前の会社の同僚にこんなヤツがいたとか、大学時代の話をしてくれたりして、二人とも千也のことは一度も口にしなかった。蓋を開いてしまったら。悲しみは止めどなく溢れちゃうから。
 


 夜はいなくても。いつも朝になれば千也はいてくれた。
 いつだって帰ってきてくれたのに。

 ココロの奥で、痛いくらい、ここにいない千也を想って。お風呂でひとり声を殺し涙をお湯に流した。
 



< 86 / 111 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop