幾千夜、花が散るとも
 翌朝、気持ちを逸らせながら車でセルドォルに向かった。
 近くのコインパーキングに駐車して11時に開店したばかりのお店に入って行くと。胸の辺りくらいまでの髪を緩くウェーブさせた、優しそうな女性が「いらっしゃいませ」と笑いかけてくれる。あたしのお腹を見てさらに柔らかく。

「実はわたしも二人目なんですけどお腹にいるんです」

 一也に向かってにこやかに微笑んだ。

「あの・・・っ、こちらにユリコさんて名前のかた、いらっしゃいますか・・・?」

 あたしが少し緊張気味にそう切り出すと傾げた視線に見つめられる。

「由里子さんのお知り合いですか?」

「・・・兄の知り合いだと聞いたので。あの、北原千也の妹だって言ってもらえば分かります。会えますかっ・・・?」

 あたしの切羽詰まった様子にその人は穏やかに答える。

「由里子さんはオーナーなので、来るのは土曜日の午後なんです」

「じゃあ明日ですね?」

 一也の問いに彼女が頷いた。

「・・・分かりました出直します。それとこれは僕の連絡先です。もし連絡がついたらお願いします」

 そう言って一也は名刺を手渡す。

「北原一也と言います。・・・北原千也の弟だと言って下されば通じる筈です」

「・・・かしこまりました、由里子さんはだいたい午後の1時過ぎに来ます。伝えておきますね」

「ありがとうございます、宜しくお願いします」

 一也は軽く頭を下げ、あたしも釣られた感じでお辞儀をした。

「気を付けてお帰りくださいね」 

 最後まで優しい笑顔の人だった。店を出る時『オリエさぁん』と別の女の子の声がして、彼女が返事をしたのが聞き取れた。似つかわしい優しい響きの名前だと思った。

 
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