幾千夜、花が散るとも
「・・・ただいま」

 玄関ドアがガチャリと音を立ててから十数秒後。台所に入って来た気配に振り返りもせず、おかえり、と返す。
 一也が背中に立って後ろから首に腕を回される。スーツに染み込んだタバコの匂い。疲れたようにあたしの肩に頭をうずめて。

「夕飯、なに・・・?」

「今日は生姜焼きと大根煮たよ。あとブロッコリーのサラダね」

 サッと茹でたブロッコリーを器に盛り、トマトを櫛切りに。その間もずっと一也はあたしにもたれたまま。

「一也? 疲れてんなら先にお風呂入ってきなよ」

 宥めるようにあたしは自分の頭を傾け、一也の頭にコツンと寄せた。

「・・・もうちょっと」

 このままでいたいとワガママな弟。回された腕に力が籠もって、包丁持ってるのに後ろから抱き竦められてる。千也と遅く帰ったのバレてるからなぁ・・・・・・。内心で自嘲気味な溜め息を逃し。
 まな板の上に包丁を置くと、手を拭いて一也の手に重ねた。

「・・・ほら、今日は一也と一緒に寝るから。後でいっぱいギュってしてあげる」

「・・・俺がいいって言うまで?」

「ん、一也の言うコト聞くから。・・・お風呂入っといで?」

 ようやく離れた一也は、着替えに2階の自分の部屋に上がって行った。
 あたしは今度こそ深い溜め息を遠慮なく漏らす。

 親も無く、たった3人で生きてきたあたし達。一也も千也もあたしも、世界にそれだけしか要らなくなっちゃった。一也には。違う世界を選んで、違う誰かを好きになって欲しかった。
 
 ごめんね一也。・・・あげたいんだけどね、あたしはずっと・・・千也にしか。あげられないんだよ。





 その夜は一也と一緒に眠った。
 あたしをすっぽりと抱き込んで。

「・・・可南、好きだ。愛してる、・・・愛してる」

 千也は絶対に云わない言葉を一也は何度も何度も繰り返す。

「あたしも愛してる・・・。好きだよ」

 そのたびに応えて。

「キス・・・したい」

 千也に比べると幼さを残す、綺麗に整った顔が悲しそうに歪むから。返事の代わりにそっとあたしから口付ける。
 唇と抱き締める腕だけで、あたしと繋がろうとする一也が。それでも愛しくてしょうがないんだから。


 このまま死ぬまで三人でいよう。
 どんな形でも誰が何て言おうと。
 あたしは。

 ・・・あたし達は。





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