幾千夜、花が散るとも
 ちょっと斜めに流れる書き方。上手くはないけどクセの少ない千也の字。
 “カナ、一也、ごめん”で始まってた手紙に、あたしは一也を呼ぶことすら頭から弾け飛んで必死になって目を走らせた。

 “カナを泣かせて一也を怒らせるけどオレは行くね。

 オーナーには恩があって、ぜんぶオレの責任。

 もしケーサツが来てもふたりはカンケイないから。

 カナごめんね。愛してるよ。オレの子もずっとあいしてる。

 カナのしあわせしか考えてないよ。

 一也、カナを頼む。“
                        

 思ったことを書き連ねたというより書き留めたような文章で。肝心なコトは何一つ書いてなかった。

「・・・・・・なにそれ。そんなんじゃ全然わかんない、千也のばかぁ・・・」

 いつ帰るとか、待っててとか。なんで一番大事なこと書いてくんないの。どうしろって言うの。あたしの幸せは千也といることなのに? 分かっててなんで行っちゃうのよ。やってることメチャクチャだよ千也は。

 涙で一気に全部がぼやける。テープを持って戻った一也が、床に座り込んだまま力なく項垂れてるあたしに鋭い声を上げた。

「どうしたのっ?」

 肩に回った腕が躰を力強く引き寄せ、あたしを立ち上がらせると何もないベッドに腰掛けさせた。

「・・・・・・千也の・・・」

 やっとそれだけ言うと。右手に握ってたのを一也が取り上げ、短い手紙に喉の奥で低く呻く。
 
「・・・ねぇ千也はもう帰ってこないつもりなの? だからこんなお金残してったの? じゃあ、あたしはどうすればいいの・・・?」

 最後は震えて声にもなってなかった。

 信じようって。何年かかっても千也は絶対に戻ってくるって。それまで一也とこの子と何があっても待つって。

 だめなの? 待っても無駄なの? そう言いたいの? ねぇ千也、そんなの無理だよ生きてけない。この子がいたって千也がいなくちゃ、あたしは生きてる意味ない。

 ココロがあちこち穴だらけで傷だらけで。塞ぐ力も残ってない。

「・・・・・・ごめん一也・・・。あたし、も・・・むり・・・」

 もう頑張れない。もう目の前には絶望しか見えなくて。すすり泣くあたしを一也は胸元に抱きすくめた。

「大丈夫だよ可南」

 まるで千也みたいに。優しい声だった。
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