幾千夜、花が散るとも
「千也は帰って来るよ。ちゃんとそう書いてあるから」

 一也の言ってることが分からずに、泣きぬれた顔をそのまま上げる。淡い笑みを浮かべて一也は頬を掌で拭い、溢れかけの涙を唇で掬った。あたしの弱弱しい眼差しに少し困ったように笑むと、髪を撫でてくれる。

「・・・これさ、可南のことしか書いてないだろ?」

「・・・・・・?」

「帰って来ないつもりなら俺にもっと可南を頼む筈なんだよ。でも最後に一言だけだった。・・・あれは自分が帰るまで可南を頼むって意味」

 あたしは目を見開いた。

「それに可南の幸せしか考えてないってあったろ? 自分が傍にいなきゃ意味が無いことぐらい千也も分かってる。死ぬ気で戻って来るよ、いなくなったのと同じくらいの覚悟で」


 一也の言葉がすとんと胸の中に落っこちてきて。気休めなんかじゃなく信じていいんだって本気で思えたから。鼻をすすり上げて「・・・なによ、その暗号は」って怒ったように笑った。










 桜の開花予想がニュースで流れ出した3月の半ばすぎ。予定日より早めに無事に男の子が生まれた。2943グラム。健康だけど、ちょっと小っちゃ目。・・・牛乳とカルシウムいっぱい摂らせよう、身長182センチのイケメンパパに負けないように。

 顔を見せてもらった最初に「十也」って呼び掛けたら。看護師さんが『お父さんの名前をもらったんですね、いい名前ですね』って微笑ましそうに言ってくれた。立ち会った一也と勘違いされちゃったよ?、千也。

『でも鼻とか、可南っぽい』

 一也が言ってた。鼻って。・・・わかる?



 
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