同僚は副社長様
副社長様の素顔



カタカタとタイピング音が響き渡るフロア内。


『……長瀬』


不意に、一瞬で脳まで響き渡る低音が私の耳に入ってきた。

名前を呼ばれた私はすぐさまキーボードの上を走らせていた両手を止めて、私を呼びつけた本人の元へと向かう。


「何でしょうか」

『この書類に目を通しておいてくれないか。』


そう言われて差し出されたのは、分厚めの資料。

それを受け取り、これは?と言う視線を投げかけると、それに気づいたのか言葉が返ってくる。


『今日の午後、そこへ取引にいく。長瀬も同行させるつもりだから。』


そこまで言うと、もう私に用はないとでも言いたげに、パソコンへと向き直ってしまった副社長様。


「わかりました。」


彼の秘書である私が拒否できるわけもなく、了承の言葉を残して、自分の席へと戻った。

あー、びっくりした。

椅子に座って、彼に見られないように小さな溜め息をつく。

仕事中の副社長の集中力は凄まじい。

故に、小さな音でも彼の耳には大響音で響き渡るらしく、さっき呼ばれたのも、私の作業音が気に障ってしまったのかと、内心ハラハラしていたのだ。


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