同僚は副社長様
『…外で、何かあったのか。』
––…やっぱり。
コーヒーを入れるだけで2分遅れたことを、やはり副社長は見逃さなかったらしい。
鋭い男。そして細かい。
業務に関してだけ発揮されればいいのに、会社での彼は常に神経を研ぎ澄ましているせいなのか、業務以外でもその洞察眼に見境はない。
こうやって、何人の秘書を泣かせてきたのだろうかと想像しただけで寒気がする。
「いえ、特には。同僚に偶然出くわしてしまったので、遅れました。すみません。」
こういう時は変に誤魔化さずに正直に話した方が賢明であることを、この半年で学んだ。
些細なことも見逃さない彼の前で嘘などつこうものなら、ものの見事に見破られて、さらに状況が悪くなっていくのは目に見えている。
『いや、ならいい。』
それに、隠すようなことでもない。
そして、正直に言えば、大抵彼はそれ以上のことは聞いてこないから。
『…その同僚は?』
一瞬訪れたピリリとした空気が緩和されて気を抜けた私が、彼のそばから離れようとすると、思わぬ声がかけられた。
え、さっきので会話は終わったはずじゃ…?
なんだか様子のおかしい彼に不審を抱きつつも、凪子のことを話す。
「以前、仕事を共にしていた営業部の中川さんですが。」
『…ああ、彼女か。』
所属と名前を聞いただけで凪子のことがわかったらしい。
その記憶力に、私は目を大きく開かせた。
副社長って、社員全員の名前を覚えているの…?