同僚は副社長様
ざざっと副社長からもらった資料に目を通し、お昼をすませると、あっという間に副社長と出かける時間が来てしまった。
「副社長、そろそろお時間ですが」
『ああ、今片付けて行く。』
いつもお忙しい副社長は、ギリギリまで別の仕事にかかっていたようで、私の声に気づくとパタパタと片付けを始めた。
ちゃんと身の回りを整えて行くの、尊敬するな。
『長瀬、どうした?』
なんて、ぼーっと考えている間に、何でもスマートにこなす副社長は出かける支度を済ませて私の目の前に来ていた。
いきなり顔を覗かれるようにして縮まった距離に、内心どきっとする。
だけど、今は業務時間内。
ここは気を引き締めないと、と緩みかけてしまう頬の筋肉に鞭打った私は、一歩下がって「なんでもないです」と答える。
「行きましょう。」
副社長は公私混同が一番嫌いだ。それは、彼の秘書になるずっと昔から知っていること。
こんなちょっとしたことで、仕事ができない女だとは思われたくない。
2人で乗り込んだエレベーターは、誰も乗っていなかった。
これから行く取引先での対応を脳内で必死にシミュレーションしている私とは反対に、彼は余裕な表情で全面ガラス張りの窓から外を眺めている。
『長瀬』
不意に呼ばれた名前に、瞬時に脳内シミュレーションは完全ストップしてしまう。
「何でしょうか」
『今日の夜、空けとけ。』
その一言だけ言った瞬間、エレベーターは地上に到着した。
は?とマメ鉄砲を食らった鳩のような顔をしている私を一瞥することもなく、颯爽と降りて行く副社長。
いつだって誘いは突然だ、と彼の言葉を理解するのと同時に、私もエレベーターから降りるのだった。