同僚は副社長様
半年前、私が彼の秘書になった時から、会社では『長瀬』、『副社長』と呼び合い、プライベートで会うときは『美都』、『古川くん』と呼び合うことが暗黙の了解となった。
そうしないと、お互いに同僚であるのに上司と部下という関係にバランスを保てないのだ。
「さっきの取引、纏まってよかったね。」
『ああ、これで社長の小言が少しは収まってくれると思うと気が楽だよ。』
こうして古川くんと飲みに行くのは、何も半年前から始まったことではない。
7年前、入社して短い研修期間で同じ班になった私たちは、自然と同僚として仲良くなって、月に一回は飲みに行くような関係だった。
彼は社長の息子ということもあって、入社当時から注目の的だったけれど、当時の私は研修でいっぱいいっぱいで、古川くんの生い立ちにまで気を回している暇もなく、ただ毎日をがむしゃらに生きていた。
そんな私を見捨てることなく、つまづく私を優しくフォローしてくれる古川くんに、内気な私が心を開くのに時間はかからなくて。
古川くんも、自分が社長の息子だという色仕掛けで全く見てこない私を、真の同僚だと認識してくれたみたいで、研修期間を終えて、それぞれ違う部署に配属になった後でも仲良くしてくれた。
古川くんは、私には勿体無い同僚だ。
それは7年前から感じていたことだけど、ここ半年、彼の近くで仕事をするようになって、その想いはより一層強くなっている。
『今日の話がまとまったのも、美都のおかげだね。』
「え?」
タコワサを頬張っていた私へ掛けられた労りの声に、思わず首を傾げた。
そんな私と彼の優しげな視線が重なって、口の中にあるタコワサを咀嚼することすら忘れてしまう。
『だって、最近ずっと遅くまで残業して資料作りに精を出してくれただろ。ありがとう。』
ああ、そのことか。
仕事に1ミリも隙を作りたくない彼のためなら、あんなものいくらだって頑張れる。