同僚は副社長様
『あー…』
私が話題を振った途端、口からジョッキが遠ざかっていく古川くんの手。
その声も、なんだか覇気がない。
……もしかして私、地雷踏んだ?
最悪だ、と思いながらも、彼の言葉を待つしかない。
いや、ここは、何も聞いていない、気づかなかったフリをして、別の話題を出す?
『実はさ、』
グダグダと悩んでいるうちに、彼の独白が始まってしまった。
これは話題を振ってしまった手前、ちゃんと聞かなきゃいけないと、罪悪感に駆られた私は彼と同じように手にしていたジョッキをテーブルに置く。
『杏奈が、結婚するんだ。』
「え…」
『俺じゃない、他の男と。』
一瞬、時が止まったかのように2人の間に流れた沈黙。
”杏奈”
その名前には、聞き覚えがあった。
いや、忘れるわけがない。
杏奈さんは彼の幼馴染であり––…それでいて、彼の想い人なのだから。
何度も何度も、杏奈さんになりたいと思った私。
小さい頃からあんなに近くで一緒に過ごせて、私より断然彼の色んなことを知ってる彼女のことを羨ましいと、私と代わってほしいと、何度思ったことか。
最近、彼から杏奈さんに男ができたとは聞いていた。
その時も、悲しそうな顔をしていた。
だけど今は––見ていられないくらい、彼が傷ついていることが顔を見ればわかってしまう。
『そっか』なんて言葉で片付けられないことは、何年も片思いしている私だって分かる。
でも、なんて声をかけたらいいの?
杏奈さんと過ごしてきた時間は、彼にとっては人生そのもの。
それを無くしかけている彼に、私がかけるべき言葉なんて、彼にとって見れば紙一枚より薄っぺらいだろう。