Dear Hero
「…っ!」

掴んだままの細い腕ごと小さな体を壁に押し付けると、口から痛みを漏らす。

「こうやって、お前自身がその“もしかして”になるって事は想像してなかったの?」
「…さわ…きたくん…?」
「助け、求めてみろよ。俺の腕振りほどいて、でっかい声で助けてって。後ろに誰もいないのに、誰がお前を助けるの?」

もしかして、痛い所付いたのかな。
眼鏡と乱れた前髪から覗くのは、まるで傷ついたような表情。
唇を噛み締めながら、俺の手の中にある細い腕は、小さく震えている。


普段から小さな声で、周りから隠れるように存在している彼女。
自分が求められるのは嬉しいけれど、決して自分が求めて、人を頼る事はない。


それが、短い期間だけど彼女を見ていて抱いた印象。

そんな彼女だから、こんな状況で声を出す事も出来ずに、男の俺の力に適う事もなく怯えるだけだってわかっててこんな事をしている俺は、いじわるなんかじゃ許されないっていうのもわかってる。
あの夜の公園で何もできなかった自分が、こんな事するなんておこがましいなんて事もわかってる。
こんな事、俺らしくないってのもわかってる。


だからこそ。
暑さでやられた頭のせいにして、
彼女に伝えたくって。


「俺の名前、“大事な人を護れるように”って願いが込められて“大護”ってつけられたんだって」
「…?」
「今は、全然うまくいってないけど、いつかその願いに恥じないようになれたらって思ってる」
「…はい…」

突然、脈絡のない話を始めた俺に、震えは止まり、代わりに?が浮かんでいる。

「…水嶋の名前、“より“って言うんだってね。俺、国語ニガテだからあんまちゃんとした事知らないけど、“依”っていう字って頼るとかそう意味があるんじゃないの?」
「……」
「お前もう少し、周りの人間頼りなよ。何でも一人で解決しようとするんじゃなくてさ」
「……っ」
「“助けて”って声に出さなきゃ、誰にも気づいてもらえないよ」


数日前、日直だった彼女が休み時間に前の授業で使った黒板を消していた時に、上の方は手が届かなかったんだ。
人より小柄なんだから、周りの人間にちょっと声かければ手伝ってもらえただろうに、彼女は迷う事なく後ろの方の自分の席から椅子を持ってきてはそれに乗り、一人で解決してしまっていた事を思い出す。


「ちょっとお前、一人でがんばりすぎだよ」
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