Dear Hero
背後で授業の始まる鐘の音が聞こえた。
これは、完全に遅刻だね。
掴んだままの腕をゆっくり放すと、力が抜けたようにその場にへたり込む水嶋。

「…ごめん。痛かったよな」

ふるふると頭を振るが、長い前髪の中からぽたぽたと雫が滴る。

「怖がらせてごめん」
「ちが…あの……」

座り込んだまま、震えながら手で口元を押さえて表情を隠す彼女が、なぜだか妙に小さく小さく見えて、思わず体を引き寄せ抱きしめていた。

「さわき…」
「ごめん。泣かせてごめん」

俺の腕の中で彼女は否定をするようにもう一度頭を振る。

「ちが…うんです…。初めてで…」
「初めて?」
「人を頼れって言われたの、初めてで…」
「そっか…」

こんな状況でも、泣く事すら我慢している彼女がすごくすごくいじらしい。


「……ここは視聴覚室です。中の音は外には聞こえません。なんと今なら澤北くんの胸貸出サービスがついています。今はチャンスじゃないですか?」

ちょっとおどけながら彼女の頭を撫でると、スイッチが入ったかのように大きな泣き声が部屋に響いた。


水嶋がどんなものを抱えているのかなんて俺にはわからない。

でも、今だけは
大声で泣く事が出来たのは
彼女が纏っている鎧を1枚でも剥がせた気がして。
泣き続ける彼女の頭をゆっくりと、ぽんぽんと。


「あーあ。マジメな学級委員の水嶋さんも遅刻…いや、ついに授業おサボりですねぇ」
「…誰のせいですか…」
「…俺です。ゴメンナサイ」
「さわきたくん」
「ん?」
「…シャツ濡れてしまいました」
「いーよ。鼻水もついた?」
「…すみません」
「うむ」
「澤北くん」
「ハイ」
「デリカシーないです」
「…よく言われます……」





その後、同じように授業をサボったのに俺だけが怒られた事は納得がいかない。
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