Dear Hero
「…っすみません、部屋に戻りま…」


部屋から出ようと振り返った水嶋の背後から、ドアを押して閉じた。
閉じ込められた事に驚いてその場に立ちすくむ。


「……っ」

ドアに手をついたまま、水嶋の耳元に口を寄せて囁く。



「……何があっても後悔しないなら、一緒に寝る?」



恐る恐るこちらを振り向く。
肌が触れてしまいそうな近い距離で目をじっと見ると、俺の胸に顔をうずめて小さく頷いた。





「寒くない?」
「とても暖かいです」

一般的なシングルベッドだ。
二人で入るとどうしても狭くなる。
かといって密着なんてしたら俺の理性なんて大爆発してしまう。
触れそうで触れない距離を保って頭の中でボーダーラインを引く。
このラインが、俺の理性のボーダーだ。


「……一人は怖い?」

耳元まで毛布をかぶってぬくぬくしていた水嶋の表情が消える。


「怖くない…と言ったら、嘘ですね。一人の夜は、いつも不安でいっぱいになります」
「……」
「暗闇の中で目を閉じると、最後に見た母の姿と小さくなっていくスーツケースの音が何度も頭の中で繰り返されて…。目を開けたら、今いる大事な人たちもいなくなってしまうんじゃないかと、怖くて堪らなくなるんです」


自分が決めたルールなんて、本当に意味がないなと思う。
先ほど引いたボーダーラインを、あっという間に破って水嶋を引き寄せた。


「俺はいなくならないよ。ちゃんとお前の隣にいるから」

小さな手が、俺のTシャツをきゅっと握る。

「明日の朝目覚めても、俺はここにいる」
< 135 / 323 >

この作品をシェア

pagetop