Dear Hero
額に、頬に、首筋に。
いくつものキスを落とす。
頬へのキスは、しょっぱい味がした。
首筋へのキスは、依が大きな声で啼くから止まらなかった。
「やだ」「待って」と何度も聞こえた気がしたけど、止められなかった。


なのに、唇にだけはキスできなかった。
俺があと一つの勇気を出すまでは、しちゃいけないって思ったから。
こんなにも理性がぶっ飛んでるのに、ここだけ冷静だったのが、不思議で仕方がない。


浴衣の腰紐は、簡単にほどけた。
体中に口付けると小刻みに震えるのが堪らなかった。

胸元に俺のだって印をつけた。
本当に、俺のものになった気がした。



背後で、携帯が鳴る。着信だ。
でも、そんなのどうでもよかった。
俺の下に横たわる、依の姿しか目に入らない。


「大護く…っ電話……っあ」
「放っておけばいい」
「でも……」


首筋に口付けると、甘い声が勝った。


鳴り続ける着信。
うっとおしい。
イライラをぶつけるかのように力を籠めると、「痛…っ」という声が聞こえてはっとした。



俺の下にいたのは、顔中を涙でぐしゃぐしゃにして浴衣を乱した依と、拘束するかのように俺が掴んだ依の手首。
慌てて話すと、俺の指の跡がうっすら残っていた。


「ごめん、依…俺……」

「お電話…出なくて…いいですか…?」


息も絶え絶えに発された言葉で、未だ鳴り続ける携帯に気づく。
重い体を引きずり携帯を取ると、バイト先の店長からだった。
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