Dear Hero
女性は空き缶に煙草を押し付けて火を消すと、立ち上がりこちらに向かってきた。


はっきりとした化粧。
自信に満ちた表情と真っ赤な口紅。
きつい香水の香り。
胸元が大きく開いたブラウスに、タイトなミニスカート。

依のイメージとは正反対の姿だったけど、さらさらの髪だけは似ているなと思った。


「依、久しぶり。大きくなったわね」
「……いつ…帰ってきたの……?」
「今朝の便で日本に戻ってきたところ。もうこのマンションもないと思ってたけど、まだ残っていたのね。鍵持っててよかったわ。まだ樹と暮らしてるの?」
「今は……樹くんはいない…」
「そう、じゃあ気楽ね。私の部屋、まだあるわよね?」
「ずっと…そのまま残してるよ…?いつ帰ってきてもいいように……」
「助かるわ。ダブルベッドなんて窮屈だったけど、一人で使うとなると快適ね」





人の印象は3秒で決まるという。
この人と出会ってまだ数分しか経っていないけど、俺はこの人が嫌いだと思った。



『海外に行きたいんです。両親に、会いに』


夢を教えてくれた、力強い眼を思い出す。
依は、この人を10年も待ち続けていたというのだろうか。



突然現れた母親の姿を、戸惑うような表情で見つめる依。
力なく下がる手は、小刻みに震えている。
少しでもその震えを取り除いてあげたくて、ぎゅっと手を握る。
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