Dear Hero
携帯を閉じたところでドアがノックされる。

「大護、いる?」

母さんの声。
返事をする気にならなくて、枕に顔をうずめる。

「いないの?開けるわよ?」

数秒の間をおいて、ドアが開く。
返事してないのに。
入る前に一言入れるだけ、姉ちゃんたちよりマシか。


「…ちゃんといたのね。よかった」

ほっとしたような声が聞こえると、そのまま部屋の中に踏み入ってくる。
勉強机の椅子に手をかけると、キィと音をたてて座った。

「最近は掃除機かける時くらいしか入らないけど、大護の部屋も大分片付くようになったわね」

“も”って何?
何と比べてんの?

「なのに、机の上は埃だらけじゃない」

机の上をスッと指でなぞると、指についた埃をふうと吹いた。
姑か。
一人で勉強しなくなったからだよ。

「いかがわしい本出てきた時は、あぁ、大護もそういう歳になったのねって感心しちゃった」

感心するなよ。
つーかあれ、哲ちゃんのだし。うち来た時に置いてったやつだし。
俺のじゃないし!

「ちょっと前までは服は脱ぎっぱなし、パンツも靴下もその辺に散らかってたのに」

そりゃ隠すだろ。
俺だって年頃の男の子です。
女の子が部屋に入るんなら、隠すに決まってんだろ。

「依ちゃん、お洗濯も手伝ってくれてるから、大護のパンツなんて何回も見てるのに」
「…!?」

思わず飛び起きると、椅子に座った母さんがニヤニヤと見下ろしている。

「ちゃんと、お父さんと大護のパンツの見分けもつくようになったわよ」
「………」


精一杯の恨みがましい目をぶつけてみる。
からかいに来たのか?
母さんの意図がつかめなくて、もう一度倒れ込むと枕に突っ伏する。


「……何?なんか用?」
「やけに辛気臭い顔してるじゃない」
「………」
「大護くんからメールが着た後連絡が取れないって。中野さんが心配して連絡くれたわ」


あぁ。それで“よかった”か。


「…依ちゃんのお母様、帰ってみえたそうね」
「……」
「依ちゃん、待ち望んでたんでしょ?その割にはなんか暗いじゃない。依ちゃん取られちゃって淋しいのはわかるけど」


冗談のつもりだったんだろうけど、反応しない俺の様子から何かを察したらしい。


「何か……気になる事でもあるの?」
「………」


言うべきか、言わないべきか。
ただの俺の好き嫌いの話かもしれないんだし。
でも、それにしては心がざわつくんだ。


「………俺、あの人なんか嫌な感じ」
「あの人って、依ちゃんのお母さん?」
「うん…。なんか…依も様子が変だったし、俺が思ってたような、幸せな再会には見えなかった」
「………」
「なんて言うか…根拠も何もないんだけど、このまま依をあの人の所にいさせたらダメな気がする」
「そう………」


母さんの声が、少し強張った気がする。
枕に突っ伏したまま片目でチラリと母さんを見ると、難しい顔をしていた。
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