Dear Hero
店から漏れ出るBGMや女性のキンキンした話し声、時折通る車の音。
そんな音に紛れて、聞き慣れた声が聞こえた気がした。


「………」


辺りを見回しても、何もいない。
そりゃそうだ。こんな所で聞く声じゃない。



「……お気をつけて」

もう一度聞こえた声を探して振り向くと、一目で高そうなものだとわかる黒塗りの車。
車が走り去ると、その先で車に向かって深く頭を下げる女性。


頭を上げた女性を見て、息が止まりそうになった。



こんなくそ寒い中で、谷間を強調させるようなノースリーブの黒いドレス。
スカートには深くスリットが入って太ももが覗く。
まるで背伸びをしているような高さのピンヒール。
きっちり巻かれてセットされた髪。
ドレスに負けない華やかなメイク。


「………依?」




どれをとっても信じられない姿なのに、一目で依だとわかった。


「依……っ!」


もう一度名を呼ぶと、こちらに気づき表情が変わる。


「大護……くん…?」


こんな状況なのに、久しぶりに聞いた依の声が嬉しかった。
俺を見てくれた事が嬉しかった。
駆け寄ろうとすると、「見ないで!」と叫び背を向け身体を隠そうとする。
腰のあたりまでざっくりあいたドレスが、生々しい。
17歳の少女がする格好ではないと思った。


「お前……何やってんだよ、こんな所で…」


ゆっくり近づくと、「見ないでください…」と小さく震える。
その震えは寒さなのか、羞恥なのか、俺に見つかったという恐怖なのか。

首に巻いていたマフラーを広げると、震える依を包み込む。
触れた瞬間、びくりと大きく震えたのが苦しかった。
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