Dear Hero
次の言葉は、もう出てこなかった。
依の心の叫びが、澄んだ空気に響く。


声を震わす依の肩をそっと撫でる。


「鈴さん、どうかしましたか?」
「…いえ、何でもありません。すぐ戻ります」


店から出てきた黒スーツの男に“すず”と呼ばれた依は、はっとして涙を拭うと少し俺から距離を取り、男にそう伝えた。
店の客層にそぐわない俺を見て、警戒する男。


「……戻りますね」
「待って、依!これ!」

俺から離れていこうとする依の手を引く。
男が依を護ろうと一歩出る。


「これ…御守りって言ってくれただろ?つけなくてもいい…持ってるだけでもいいから…!」

ポケットからネックレスを取り出すと、小さな手に握らせた。


「おい、何してんだお前」

俺から依を引き離すと強く肩を押され、その場に尻もちをつく。

「大護くん…!」

男に支えられ、こちらに来る事ができない依。


「お前みたいなガキが来るところじゃねぇんだ。帰れ」


マフラーを依から剥ぎ取り座り込んだままの俺に投げつけ、代わりに自分が着ていたスーツを脱いで依にかけると「さぁ鈴さん、戻りましょう」と腰に手を添え店の中へ入っていく。




“ごめんなさい、大護くん”


店の中へ消えていく前に、そう聞こえた気がした。



いかがわしい店の前で座り込む高校生。
通りがかる人がちらちら見ているのはわかっていたけど、気にしていられなかった。



右のポケットから携帯を取り出して、電話を掛ける。
3コール目で「どうした?」と声が聞こえた。

息を吐いて、落ち着かせる。



「……樹さん。依、見つけました」
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