Dear Hero
『……俺のミッション?』
『そう。大護くんに頼みたいんだけど』
『俺で…できる事なら…』
『大護くんにお願いしたいのは、依を部屋の中に留めてもらう事』



「…っどういう事?あなた、樹…!」

リビングから、母親の叫ぶ声と共に誰かの話し声がする。


「………ママ?」


不安げにドアを見つめていた依は、一瞬、油断した隙に俺の腕を抜け出し、ドアへと駆け寄った。
慌てて手を引き、捕まえる。


「離して……ママが…っ!」





『さすがに…二度も見せられないからね…』



「依!待って…っ」

後ろから抱くように押さえつけるも、力いっぱいもがいて俺の腕の中からすり抜けると、走ってドアを開ける。


「わっ!……って依!?」
「樹さん、すいません!俺…」


念には念を、とドアの前に立っていた樹さんにぶつかると、それを押しのけリビングへ飛び出す。


「依!」


樹さんと二人がかりで押さえつけられた依の視線の先には、おじさんとスーツを着た数人の大人に囲まれ玄関へと向かう母親の姿。



「……ママ…?どこ行くの……?」


唇を震わせ絞り出すように紡いだ声に、母親の足が止まる。



「……ちょっと、話してくるだけだから」
「嫌だ…待ってママ!行かないで!置いてかないで!」

隣で依を押さえている樹さんが、唇を噛むと俯くのが見えた。


「依……ごめんね?」
「………っ」

母親は、小さく依に微笑むとスーツ姿の女の人に促されて玄関へと歩き出す。



「お願い…!ママ、行っちゃ嫌だ!依を一人にしないで…!」


玄関から一人、また一人と出ていく。


「わがまま言わないから…ママの言いつけちゃんと守るから!いい子にするから、だから…っ!」


母親の姿が玄関から見えなくなり、最後にスーツ姿の女の人が出ていくと、ギィという音に続き扉の閉まる無機質な音が部屋に響く。


「行かないでよ………ママ………」


崩れ落ちるように膝をつく依。





『……大護くんにとっても酷な状況になると思うけど、本当に大丈夫…?』
『それが……依にためになるんだったら……』



押さえつけていた手をそっと離すと、倒れ込むように床へ突っ伏した。
人の少なくなった部屋に、依の泣き叫ぶ声が響き渡る。
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