Dear Hero
職員室で借りたビニール傘を片手に、自転車を引いて歩く。
そのまま置いて行こうとしたけれど、明日バスで行くのもめんどくさくて持って帰る事にした。
幸い、雨はそんなに強くなく小雨程度だ。


普段は自転車に乗っていると流れてしまう景色も、歩いて通れば小さな事にも気付ける。
花壇に植えられたアジサイ、まだツボミだけど、キレイなムラサキの花咲かせるのはいつ頃かな。
いつも前を通るとキャンキャン吠えてた犬、この店で飼われてるトイプードルだったんだ。
本屋の店先に並んだ週刊漫画雑誌、そういやまだ今週分読んでないや。

小さな発見が楽しくて、周りを見渡していると、目に入ってきたのは先程見かけた水色の傘。
大通りの向こう側に見つけた水嶋の隣には、道を聞いているのか黒いTシャツの男性。
黒く大きな傘で、顔までは見る事ができない。
まぁ…道とか聞きやすそうだもんな、あいつ。


行き交う車の隙間から見える二人の姿を横目に、家に向かって進んでいた脚は、数歩進んだ所で突然止まった。



———なんだろう、この胸騒ぎ。

今日の俺の一日をもってみても、嫌な予感しかしない。
首を突っ込んだらきっとめんどくさい事になる。



『隣町で暴行未遂事件だって』

『犯人捕まってないんだって』


今朝の姉ちゃんたちとの会話がふと頭をよぎる。
…まさか、ね。
何もなければそれに越した事はない。
思い過ごしであれば問題ない。

今日、ツイていないのは俺だ。あいつじゃない。




…ちょっと。
ちょっとだけ様子を見るだけ。
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