Dear Hero
「…依、俺。入っちゃ…ダメかな」

ノックをして問うも、返事はない。

「ダメなら…このまま聞いて」

持ってきた荷物を部屋の前に置く。

「お前の制服と鞄、持ってきた。そりゃ、ずっとうちにあったんだもんな。お前来れないよな」

笑ってみせるけど、何も返ってこない。

「明後日から期末テストだよ。孝介が、お前が休んでた分の授業のノートまとめてくれた。テストの範囲も書いてあるって」

先ほど孝介から預かったノート。依の鞄に入れてある。

「俺も、赤点にならないように今必死にテスト勉強してる。…でも、やっぱ英語はお前がいないと全然わかんねぇわ…」

英語の教科書開く度に、一緒に勉強していた記憶が蘇って進まなくなるんだ。

「孝介も、哲ちゃんも紺野も待ってる。俺も、留年しないようにがんばるから、お前も学校来いよ。…みんなで、3年生になろう」


音一つしないドアの向こうに、虚しさだけが募る。


「……お前が約束破ったって思っていても、俺はそうは思ってない。俺は…お前に会いたいよ……」

ドアにそっと手を触れる。
たった数センチの扉があるだけなのに、その奥が手も届かないような遠くに感じてしまう。


「荷物…部屋の外に置いておくから、気が向いたら開けてみて。……うるさくして、ごめんな」


最後まで、反応はなかった。
このままここにいても、何も変わらないのだろうと思った。


「おじさん、ありがとうございます。俺、帰ります」
「……下まで、見送るよ」


よいしょと立ち上がると、一緒に部屋を出てくれた。
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