Dear Hero
「なん…で……」
「この様子では、元の依に戻るのはいつになるかわからない。それに、ここには妻との思い出が残っているだろう。日本の学校は3月で終わると聞くから、学年が上がるそのタイミングでね」
「………」
「聞けば、依は英語が得意だそうじゃないか。本場の環境に行けば、もっと上達するんじゃないかなと思ってね」
「………」


……違うよ、おじさん。
依は英語が得意なんじゃない。
夢に向かって努力してきたから得意なんだ。


「君のおうちにもお世話になりすぎた。これ以上甘える訳にはいかないしね」
「………」
「向こうの学校の手配もしないといけない。調整がつき次第、日本を発とうと思っているよ」
「依を……待ってる人たちはどうなるんですか…?」
「依を…?」
「俺も、俺の家族も、友達も。みんな依を待ってる」
「……」
「あいつ…この1年で変わったんです。ずっと人に頼らず全部一人で抱え込んできてたのに、周りを頼れるようになった。周りに“助けて”って言えるようになったんです」
「……」
「すごい笑うようになりました。表情も明るくなった。友達もできました」
「……」
「料理だって、上手くなったんです。“家庭の味”を覚えたって喜んでました」
「……」
「いっぱい…がんばってたのに……それを、またリセットして一から始めるんですか」
「……」
「……すごい個人的な話ですけど、俺…あいつにまだ言わなきゃいけない事があるし」
「……」
「あいつ…すげぇ一人を怖がります。今回の一件で、それがもっと強くなるんじゃないかって思ってます」
「………」
「おじさんと一緒に行って、依は……一人にならずにすみますか…?」



おじさんは、じっと俺を見据える。
負けちゃいけないと思って、俺も目を離さない。


「……ガキの俺が偉そうな事言ってすいません。めちゃくちゃ私情も入りまくってます。でも…」


目を閉じれば、依と過ごした日々が次々と浮かび上がる。
一日一日を大切に過ごしてきたから、距離も縮まったんだ。
これだけは、自信持って言える。


「この1年、俺は依の事を誰よりも見ていました。日本を離れる事が依のためになるとは……俺は思いません」
「……」
「………すみません、生意気たくさん言いました。俺が依と離れたくないだけかもしれません。見送り、ありがとうございました。……失礼します」



おじさんは何か言いかけていた気がするけど、怖くてそこにいられなかった。
逃げるようにホテルを後にした。
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