Dear Hero
「…門、開いてる…」


開いた門のスペースだけ、まだ地面がそんなに濡れていない。
さっきまでここは閉まってたって事だ。


自転車を降りて、そっと門の中に足を踏み入れる。
人の気配は、ない。
少し奥へ進んだ所で目に入ってきた物に、ゾクリと鳥肌が立った。



道に転がる、開いたままの水色の傘。

数メートル先に落ちている、白い猫のストラップがついたうちの学校の鞄。

さらに奥にひっくり返っている、片方だけ脱げた黒いローファー。


全部、俺が追いかけてた物。
冷や汗が吹き出て、喉がカラカラだ。


さらにその先を目線で辿ると、ハンマーで殴られたように心臓が大きくドクンと響いた。



倉庫…なのだろうか。
小さな建物の半分だけ開いた入口から見えたのは、片方しか靴を履いていない女の子の足と、それに跨る黒い服の男の姿。
二人の顔は見えない。
スイッチを切ったように、雨音の消えた空間の中で男の話し声だけが聞こえる。


そして、呆然と立ちすくむ俺の耳に入ってくる、ブチブチッという小さな音。

その音が聞こえた瞬間、自転車を手放すと俺の足は走り出し、脚に鈍い痛みを感じると共に「ぐおっ」という男の叫び声が響いた。
続いて倉庫に響き渡るのは、男がぶつかりガラガラと倒れるドラム缶の音。

「…やっべ……」

はっと我に返り、勢いよく男の脇腹に飛び回し蹴りを喰らわせてしまった事を思い出す。

しまった。
我を忘れてやってしまった。
もう、二度としないと誓ったのに———


ドラム缶の前に倒れた男は動かない。
やりすぎた…?
数秒前とは違うバクバクする心臓を押さえながら男を覗きこむと、息はしているみたいだ。

しんではなさそう。
一安心して振り向くと、目に入った姿に息が止まる。
< 21 / 323 >

この作品をシェア

pagetop