Dear Hero
夏になって3年生が部活を引退する頃。
ついに、出会ってしまった。










俺はテニス部、大護は空手部だったけど、帰る方向が同じだったからいつも一緒に帰ってた。
その日は、部活も終わって昇降口で待っていたけど、待てど暮らせど大護が来ない。
何も言わずに帰っちゃうようなヤツじゃないと思うんだけどな。

空手部の練習場のある棟まで行ってみた。
普段の賑やかな掛け声が聞こえないから、もう部活は終わってるみたいなのに電気はついている。
入り口から顔を覗かせると、顧問と、まだ道着姿の大護と男子、それからジャージの女子が一人、何やら深刻そうな話をしていた。
お取込み中のようなので、そっとその場から去ろうとしたところで誰かの靴を踏んでバランスを崩し、大きな音を立てて転んでしまった。
お約束か、俺。

その音に気づいて、一斉にこちらに視線が降ってくる。


「……っ哲ちゃん!?何やってんだよ…」

慌ててこちらに駆け寄る大護と、ショートカットの女子。

「大丈夫?すごい音したけど…」

尻もちついたままの俺に、女子が手を伸ばす。
その手を取ろうとして見上げた途端、息ができなくなったんだ。



—————一目惚れだった。



心配そうに俺を見下ろす、大きな瞳。
その瞳に吸い込まれるように、声を出す事も体を動かす事もできず、ただ見つめる事しかできなかった。


「おーい、大丈夫?頭打ったりしてない?」
「哲ちゃんはちょっと頭打った方が賢くなるかもしれない」
「ダイくんにも同じ言葉返してあげる。ねぇ、見えてる?」

「……っ」


腰を落として反応のない俺の目線に合わせてしゃがむと、目の前で手を振る。
その動作で、やっと我に返る。


「……っだい、じょぶ…」

もう一度差し出された手に恐る恐る触れると、ぎゅっと握って俺を立ち上がらせた、
俺の身長、そんなに高い方じゃないとは思ってたけど、女の子に軽々と引っ張り上げられた事に少しの間放心してしまった。


「哲ちゃんごめん、急にミーティング入っちゃって。もう少しで終わると思うけど、先帰る?」
「あ、いや……ここまで来たし待ってるよ」
「悪い。戻るな」


顔の前で“ごめん”のポーズを作ると、女子と二人、顧問たちの所へ戻っていった。


先ほど触れた右手が、じわじわと熱い。
俺を引き上げた手とは思えないほど、柔らかくて温かった。
初めて、女の子の手を握ってしまった……。
心臓がドキドキいってる。
なんだこれ、俺の心臓じゃないみたい。
息がうまくできなくて、空気を求めるように棟の外へ出た。
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