Dear Hero
「…あっ」

腕を引っ張り、小さな身体を抱きすくめた。
雨が降っているとはいえ、気温はそんなに低くはないはずなのに、冷えた彼女の身体が恐怖にまみれていた事を物語っている。
俺に何ができるかなんてわからないけど、それでもこの小さく震える身体を護りたい、そう思った。

「大丈夫?殴られたりしてない?」
「…っ」
「痛い所は?ケガはない?」
「…っ」
「…怖かったよな。よくがんばった」
「……っ」

俺の胸の中で、声をかける度に小さく揺れる頭が彼女の無事を伝え、安堵の気持ちが広がる。

「あの……ごめ…なさい…」
「?」
「声、出ませんでした…」
「声?」
「助け…呼べませんでした…」

もう一度伝えられる謝罪に、何も返せずにいると彼女からこぼれたのは、先日俺が水嶋に伝えたあの言葉。


『“助けて”って声に出さなきゃ、誰にも気づいてもらえないよ』


俺のエゴで押しつけたあの言葉を律儀に守って…?


「助け呼ばなきゃ…って、わかってたんですけど、いざとなったら怖くて…声出なくて…せっかく澤北くんが教えてくれたのに、守れなくてごめんなさい…」


危ない目にあったのは自分だっつーのに、こいつは…
約束なんてしたわけじゃない。
強制したわけでもない。
それでも、頭の片隅にでも俺の言葉が残っていてくれた事が嬉しくて、少しだけ恥ずかしくて。
抱きしめる腕に、ぎゅっと力を込める。

「無事でよかった…何もされてなくて、安心した…」

小さな子をあやすように背中をトントンと撫でながら、絡んだ黒髪に指を通すとぱらぱらと砂が落ちる。



トントン…


トントン…
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