Dear Hero
「テツくん」

集中しない頭で何とかまとめた日誌を提出して駐輪場へ。
ほどけないようにマフラーをぎゅっと結び直したところで後ろから声をかけられる。
振り向かなくてもわかる。


「何?紺野」
「あははっ。こっち見なくてもわかっちゃうんだ、さすがテツくん」

わかるよ。
俺をそう呼ぶのは紺野だけだから。


「今日、遅かったんだね。……私も今終わったところなんだけど、一緒に帰らない?」

自転車のロックを解除して、スタンドを蹴り上げる。
そこまでしてから、返事もせずに振り向く。

鼻や頬、指先、膝。
コートとマフラーに覆われていない、冷たい風を直に受けてる部分は真っ赤になっていた。
今終わって出てきたにしては、震えすぎている。



なんで。
なんでこんな日に俺を待ってるんだよ。
今日は、会いたくなかったのに。



……いや。
今日でよかったのかもしれない。
そろそろ、決着つけないといけないと思っていたところだ。



「……いいよ。俺も紺野に話がある」



抑えていたはずだったのに思いのほか低く出てしまった声に、一瞬たじろいだ紺野だったけど、自転車を押す俺の隣に黙って並んだ。


紺野の口から出てくるのは、同じクラスの友だちに彼氏ができた話とか、昨日のドラマの話とか、俺と紺野が好きなアーティストの新曲の話とか。
いつもと変わらない、他愛もない話。


今日も、大護の名前は出てこない。
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