Dear Hero
いつの間に見つけたのか、眼鏡を装着した彼女は普段の姿に戻っていた。
普段は表情を隠してしまう邪魔者も、今だけは泣き顔を護る武器になる。
自転車を挟んで歩く二人の間には、大きめのビニール傘。
こんな格好の水嶋を少しでも隠したくて傘を差すが、あまり意味はないかもしれない。


聞けば同じ駅だという水嶋の家。
水嶋の歩幅に合わせて、ゆっくり歩いて帰る。

30分程かけてたどり着いたのは、大きめのマンション。
エントランスの前で立ち止まり、こちらへくるりと振り返った。

「こちらです。わざわざ送っていただいてすみません」

礼儀正しく、ぺこりとお辞儀をする。

「ここまででいいの?」
「さ、さすがに部屋の前までは…!」
「あ、そう?まぁ、家には親もいるし大丈夫か」

慌てて拒む水嶋に、自転車のカゴに乗せていた通学鞄を手渡すと、ピタッと一瞬動きが止まった。

「…そうですね。いつ帰ってくるかわからないですけど…」
「え、親帰り遅いの?一人で大丈夫?」
「だ…大丈夫です。叔父に連絡すれば来てくれると思うので…」

俺の家は、小さい頃から俺たちが帰宅する時には必ず誰かが家にいたからそれが普通だと思っていたけど、そうじゃない家もあるんだと改めて気付く。

「そっか、なんかごめん」
「いえ…」
「だったらなおさら!家入ったら必ず鍵かけろよ。誰か来ても、家族以外は開けちゃだめだからな。宅配便とか来ても最近は怪しい奴もいるから、身に覚えなかったら開けるなよ。あと、雨に濡れたんだから帰ったらすぐに体温める事。あとは…」
「……ふっ」

頭に思いつく限りの注意事項を早口でまくし立てていると、それまでぽかんと見上げていた水嶋が堪え切れずに小さく噴き出した。
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