Dear Hero
「貸して」

駐輪場から自転車を引いてくる。
差し出された俺の手に、紺野は「?」を浮かべた。

「……何を?」
「カバン。載せてやっから」
「え?あ、うん。ありがと……」

カバンを受け取ると、自転車のカゴに載せた。
不思議そうな顔をしている紺野。

「人質」
「え?」
「カバンがここにある限り、紺野は俺から離れられないな」
「………あ!」

しまったとでも言うように、目も口もまん丸にして。
その顔が面白くって、しししっと笑っていたら悔しそうに睨まれた。



会話もなく、ただ並んで歩くだけ。
少し前までは、紺野がマシンガンのように次から次へと繰り出す話を、俺がうんうんと聞くのがスタイルだった。
その紺野が口を開かないんじゃ、そりゃ会話にもならないよな。
こちらを見ようともしない紺野に、ちくりと心が痛む。


「!」

後ろで気配がして、紺野の腕を引き寄せる。
勢いよく引き過ぎて、抱き寄せた形になってしまった。

「……っえ!?テツくん、なに……」


顔を真っ赤にして慌てる紺野が先程までいた場所スレスレを、車がスピードも落とさず走り去っていった。

「……あっぶな…」
「びっくりした……」
「ごめん、強く引っ張りすぎた。大丈夫か?」
「わ、私は……うん」
「悪ぃ、車側歩かせた」
「………」


俺の身体にくっついたまま、紺野は下を向いて耳まで紅く染める。
そんな姿を見て、無意識とはいえ自分から紺野に触れてしまっていた事に気づき、慌てて掴んだままだった腕を離した。
弾かれたように俺から離れる紺野。

「………」
「………」


俺に対して、こんな反応を見せる紺野は初めてで、どうしていいのかわからなくなる。
間違いなく、原因は俺なんだけど。

「……あ、ありがと」
「………おお」

いつもだったらこんな場面、「びっくりしたね」なんてサラッと言うか、車に文句言うくらいの勢いなのに。
なんか、調子狂う。

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