Dear Hero
「…ただ、今日の事については俺は本当に迷惑かけられたなんてカケラも思ってない。自分で首突っ込んだわけだしな。それで水嶋が助かった。ただそれだけだよ」
「…はい」
「無事でよかった、それに尽きる。それに、お前の笑ってるとこ初めて見たし」
「…!」
「笑った方がかわいいんだから。もっと笑ったら?」

ボンっと聞こえてきそうなほどに一瞬で真っ赤になる水嶋の顔。
その様子に、自分の発したセリフが自分らしくもない甘い言葉だった事に気付き、こちらも一気に恥ずかしくなる。

「じゃ、じゃあ俺もう帰るな」
「あの…澤北くん!」

恥ずかしさを紛らわすように自転車に跨ると、それを止める水嶋の声。


「あの、その…今日は本当に、ありがとう、ございました…!」

最後に大きくペコリと頭を下げると、くるりと回り走ってエントランスの中へ消えていった。

成績優秀な彼女とは思えない程、たどたどしくて、危なっかしい言葉。
だけど、その言葉には彼女の嬉しさみたいなのがいっぱいに込められているのだという事がストレートに伝わって。
それに、満開には程遠いけれど、きっと今の彼女にはめいっぱいのはにかんだ笑顔。


…たった、それだけの事なのに。

朝から続いた不運で下がりまくった俺のテンションゲージは、メーターが壊れる程に一気に上昇してしまう。
同時に生まれる、大きな気持ち。


俺、この子を護りたい———。


上の方から聞こえてくる、パタパタと走る音に続いて聞こえるドアの閉まる音。
タイミング的にも、水嶋が部屋に入ったものだと解釈する。


「…心臓、いてぇ…」


高鳴る鼓動を押さえるように、一気に自転車のペダルを踏み込んだ。
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