Dear Hero
トイレから戻ってくると哲ちゃんの姿はなかった。
もしかしたら本当に覗きに行ったのかと思うとため息しか出ない。

ふと、部屋を見渡すと半分程の人数しかいない上に、部屋はちょっとしか片付いてない。
そろそろ風呂の時間だというのに。


……ん、ちょっとしか?


誰が?と思いもう一度部屋を見渡すと、目に入ったのは一人の女子。
小柄な体で、自分よりも大きな作業台をよいしょよいしょと部屋の隅へ移動させていた。
移動されている作業台はまだ半分もない。
到底一人で持ち上げられるような大きさではないから、押したり引いたり、作業台の周りを忙しく動き回っては少しずつ移動させていく。

もしかして一人で全部動かす気か…?



———気付いたら、体が勝手に動いていた。



「……貸して」

女子が必死こいて移動させていた作業台に手をかけると、驚いたようにビクッと身体を震わせた。
ばっと顔を上げた彼女と視線がぶつかる。

「あ…あの……」

突然声をかけられた事に驚いた様子の彼女は何かを言いかけるが、ひとまず作業台を動かそうと持ち上げてみた。

「…っなにこれ!重っ!」

見た目以上に重量感のある作業台は、男の俺でも一人で持ち上がらないくらい重い。
何これ。こいつ、こんなの一人移動させてたの?
誰か助け呼べばいいのに…なんて言いかけて、やるべき事をやっていなかったのは自分たちだと思い出し、申し訳なくなる。

「……一人でやらせてごめん」
「いえ…!あの…こちらこそ手を煩わせてしまってごめんなさい…」

どうしてこいつが謝るんだろうか。
こいつは間違った事をしているわけでもないのに。


こんな感じじゃ時間までに終わらないと思うものの、哲ちゃんも孝介もいない。
この合宿で多少話すようになったとはいえ、他のクラスメイトに声をかけられるほど、俺はフレンドリーにできていない。
人見知りなんだもん。
かくなる上はこいつと二人で終わらせるしか……

「なぁ」
「…っはい」

声を掛けたものの、こいつの名前…なんだったっけ。

「…えーと…水谷」
「…水嶋です」
「ごめん、水嶋」

……やっぱ間違ってた。

「悪ぃ、俺もこれ一人で持てなかったから、そっち持ってもらってい?二人なら持てるかも」
「…っはい!」

案の定、二人がかりなら持ち上がった作業台。
なんとかすべての作業台と椅子を片付け終わる頃には20時を10分ほど過ぎていた。
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