Dear Hero
夏休みに入って数日後。
蝉の鳴き声が暑さをより際立たせる、そんな蒸し暑い日。

約束の場所に早めに着いた俺は、たくさんの人でごった返す駅前の中から彼女の姿を探す。
見つからない姿に、さすがにちょっと早かったかな、と探す事をやめかけた時、ふと後ろから服を引っ張られる感覚。

「お…おはようございます」

振り向くと、そこにいたのは遠慮がちに俺の黒いTシャツの裾を掴み、少しだけ距離の近い水嶋。

「おう、おはよ。悪い、見つけられなくて…」
「いえ、あの…私すぐ見つけられたんですが、声かけても届かなくて…」

あぁ、なるほど。
普段から声の小さな彼女だ。
こんな人ごみの中で声を発してもそれは聞こえないだろう。

それで、こんな手段を。


「ごめん、早めに来たつもりだったけどもしかして待った?怖くなかった?」
「あ…私も来たばかりで…。それに、たくさん人がいるのでどちらかというと安心です」

あの事件以来、男の人が怖くなってしまったという水嶋。
そりゃそうだよなと思いつつも、こんな人ごみの中に飛び込むのは大丈夫なのかと心配していたから、少しほっとした。


薄い水色のカーディガンに、紺色のひざ丈スカート。
周りの女の子たちみたいに流行りに乗らない私服が、良くも悪くも水嶋らしくて。
普段は下ろされている長い黒髪が半分だけ後ろで止められていて、それがちょっといつもより大人っぽい。
ゆったりめのデニムに赤いキャップをぶら下げている自分が子供っぽく感じ、少しだけ恥ずかしくなる。

「じゃ、行きますか」


今日の目的地は、駅前にあるパンケーキが人気のカフェ。
水嶋はもちろん、俺だってそんなお店の情報なんて持っていないから、姉ちゃんにリサーチをかけて教えてもらったお店だ。


「女の子が喜びそうなカフェ?やだ、大ちゃんデート!?それならここがおすすめ!!」なんて。


くっそ。あんにゃろデートとか言いやがって…。
隣に目をやれば、人にぶつからないように、小走りで俺の側を歩く水嶋。
そういえば、前もこんな事あったっけ、と少し歩くスピードを緩めると、それに気付いた水嶋は「すみま…ありがとうございます」と小さく微笑む。
それにつられて、俺もつい頬が緩んでしまう。

周りを見れば、手を繋いだり、腕を組んだり、楽しそうに笑いあうカップルたち。


並んで歩く俺たちも、そういう風に見えるのかな…なんてふと思い、慌ててその思考をかき消した。
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